千の酒と、千の店

利き酒師、ワインエキスパート、フードアナリスト等、様々な資格を持つ酒好き会社員が、全て自腹で訪れた東京~埼玉の
数千軒の中から、美味しいお酒の店を選んでご紹介。約380店を最寄駅で検索できる「記事の索引」や、お酒コラムもあり!

酔えるBGM

ひとつの時代が終わったような…。 (09/5/5)

あれは確か、1981年の暮れだったと思う。
その頃学生だった自分は、FMラジオを良く聴いていた

その夜、たまたまリスナー投票によるロック・バラードのランキングをやっていたのだが、そのベスト3はいまだにはっきりと覚えている。

・「Just a 16」アレキサンダー・ラグタイム・バンド
・「情けない週末」佐野元春
・「スローバラード」RCサクセション

あれから28年が経ったが、この3曲は今でも自分の中でトップ3を維持している
自分がロック・バラードを好きになったのは、たぶんあの夜からだろう。
それだけに、忌野清志郎急逝のニュースは、自分にとってもちょっとショックだった。

時代を象徴するようなスーパースターには、なぜか早過ぎる死を迎える人が多い
石原裕次郎は52歳(87年)、美空ひばりは52歳(89年)、松田優作は40歳(89年)で亡くなった。
海外でも同様で、マリリン・モンローは36歳(62年)、ケネディ大統領は46歳(63年)、そしてジョン・レノンは40歳(80年)で亡くなっている。

日本は病死、アメリカは殺害という違いはあるが、いずれにせよ偉大なスターには太く短い人生が目立つ。
その伝でいけば、清志郎はむしろ頑張った方なのかもしれない。享年58歳。
いなくなってしまうと、日本の音楽シーンにぽっかりと穴が空いてしまったような、唯一無二の存在感を持つアーティストだった。

こういうことを言うとオッサンぽく聞こえるかもしれないが、70~80年代頃のロックは、今よりずっと骨太な曲が多かったように思う。最近のラップ調のJポップなんぞを聴いてると、情けなくて涙が出てくる。
人によって価値観が違うのを承知の上で、あえて言わせてもらえれば、音楽とは聴く者の魂を揺さぶるようなものこそが本物なのだ。

おそらくこれから、忌野清志郎の追悼CDだの、ドキュメンタリーなどが企画されるものと思う。興味本位で構わないので、機会があったら触れてみてほしい。
時代を担うヒーローは、「変なオッサン」の姿で現れることもある、と教えてくれるだろう。

あんた、最高にイカしてたぜ!ベイビー

バーボン並に酔わせるボーカル、「EGO-WRAPPIN'」 (08/12/1)

を呑み始めた頃から、誰の影響を受けたわけでもなく、自然にジャズやブルース系の音楽が好きになった。
周囲に同好の士がいなかったため、音楽的な知識も、ミュージシャンのタイプも皆目わからないまま、耳に付いたものを適当に聞いて現在に至っててしまった。

だから、自分の趣味が古臭いのかどうかも判然としない。
しかし、EGO-WRAPPIN'やクレイジーケンバンド(08/8/4紹介)が気になるところを見ると、レトロな曲調を上手に取り入れたボーカルが、好みの一角を占めているらしい。

ご存知の方も多いだろうが、EGO-WRAPPIN'(エゴラッピン)は、1996年に中納良恵(作詞・作曲・ボーカル)と森雅樹(作曲・ギター)の2人で結成されたユニットだ。
2000年9月2日に発売された「色彩のブルース」をJ-WAVEで聞いて速攻CDを購入した。

自分にとって、中納良恵はまさにド真ん中のボーカルだった。
その昔、「深夜+1」(07/4/4紹介)の内藤陳さんが解説を書いた日本冒険小説協会推薦のJAZZアルバム「フィリップ・マーロウ、君がいないと」で、ボーカルを務めた平賀真理子の声に悩殺されたことがあるが、まさにそれ以来。

2002年には、TVドラマ『私立探偵 濱マイク』の主題歌として「くちばしにチェリー」が使われたので、これを覚えている人も多いに違いない。
この手の「ちょっとレトロでハードボイルドながら、なぜか魅力的」といったジャンルに、ピッタリはまるのがEGO-WRAPPIN'だ。

キャバレー音楽や昭和歌謡の香りをまとった彼らの曲は、夜遊びの似合う大人の妖艶さをイメージさせる。
実は意外と幅広い音楽性を備えており、JAZZともブルースとも定義できない、独特の世界観を見せてくれるのだが、自分が好きなのはやはりこの妖艶路線。男同士で酒を呑むといった時には、ハードリカーに負けない勢いで酔わせてくれるBGMだ。

アルバムこそたまに出していたものの、最近ちょっと活動が停滞していたEGO-WRAPPIN'だが、今年7月9日、実に「くちばしにチェリー」以来6年振りとなるシングル「Go Action/Girls Just Want To Have Fun」を発売した。
10月15日には、10枚目のアルバムとして初のベスト版「BEST WRAPPIN' 1996-2008」も発表。
更に、来年2月18日には11枚目のアルバム「EGO-WRAPPIN' AND GOSSIP OF JAXX」も発売されるという。

ここに来て、再び活動が活発化してきたEGO-WRAPPIN'。
2001年以来毎年12月に催している、鶯谷・東京キネマ倶楽部でのライブももうすぐだ。
このライブはDVDにもなっているが、年末の恒例行事として楽しみにしているファンも多い。
今年は、12月19、20、22日の3日間が予定されている。

→EGO-WRAPPIN'
http://www.egowrappin.com/

知られざるシティポップスの旗手、濱田金吾 (08/9/12)

自分くらいの年齢の人であれば、多かれ少なかれ浜田省吾の歌は耳にしたことがあるだろう。
1979年に、カップヌードルのCMソング「風を感じて」で注目され、92年にはドラマ「愛という名のもとに」の主題歌に「悲しみは雪のように」が使われ大ヒットした。
ソロデビューしてから32年を超えた現在でも、変わらずに精力的に音楽活動を続けている。

しかし、浜田省吾がメジャーになった頃、もう1人「浜田金吾」というシンガーソングライターがいたことを知る人は少ない。似た名前が災いしたのかもしれないが、80年~85年にかけて7枚のアルバムを発売したものの、それ以降はベストアルバム3枚が発売されただけだ。
最近は作曲家として活動する一方、2001年に村田和人、松下誠と結成したユニット「Moon Kids」の一員として、たまにライブも行っている。(85年以降は名前を「濱田金吾」と表記している。)

当時から知名度は高くなかったのだが、自分は省吾より金吾の方が好きだった。
浜田省吾の歌は、良くも悪くもフォークの尾を引いた泥臭さが感じられたのだが、浜田金吾の歌は洗練されていて都会的な響きがあった。いわゆるAORとかシティポップスと言われるジャンルだ。
「広島」と「新宿」という出身の違いが影響しているのかは分からないが…。

浜田金吾は、1974年にフォークグループ「クラフト」にベース・ボーカル・作曲担当として参加して音楽活動を始めた。78年にクラフトが解散してからは、作曲家として活動。高橋真梨子、太田裕美、西城秀樹、岩崎宏美…など多くのアーティストに楽曲を提供している。
79年に山下達郎とAIR RECORDSの設立に参加すると、ソロ活動も開始。
81年には「JAPANESE CONTEMPORARY SOUNDS(JAPACON)」称して、佐野元春、杉真理、網倉一也らと共に活動するようになり、4人で4夜連続ライブなども行っている。

自分が一番好きなのは、この頃に発売された3rdアルバム「Feel The Night」だ。
「PIANO MAN」「JAZZ SINGER」「海風通信」など、名曲揃い。特に「JAZZ SINGER」は大好きで、この曲の歌詞に出てくる全てのジャズ・シンガーのアルバムを買い揃えてしまったほどだ。
自分がジャズ・ボーカル好きになったのは、まさにこの曲がきっかけ。
こういう都会的でセクシーな曲を作れる大人のシンガーは、未だ彼を措いてほかに知らない。

一時はすべてのアルバムが廃盤となっていたが、2000年9月に1~3枚目が、翌年には4~5枚目も再発売された。2006年には新曲2曲を含めたBESTアルバム「GOLDEN☆BEST 濱田金吾」も発売されている。

ゆっくり洋酒を飲むなら、BGMとして最高!
特に、女性と一緒なら雰囲気を盛り上げてくれること間違いなしだ。
自分が、全てのアルバムを揃えたいと思っている唯一のアーティストが彼なのだ。

→濱田金吾公式サイト
http://www12.plala.or.jp/kingo_hamada/

ハマの男気バンド「クレイジーケンバンド」 (08/8/4)

好き嫌いがハッキリ分かれるアーティストは珍しくないが、大多数に嫌われることを少しも恐れず、ダサさと紙一重のカッコ良さを堂々と追求している。それが、クレイジーケンバンドの持ち味だろう。

リーダーは、元クールスRCの横山剣。「遅れてきた昭和歌謡」とも評される男くささあふれる曲は、ほかに真似ができない不良中年バンドとして、一部に熱狂的なファンを持つ。

昔のキャバレーのステージが似合いそうな歌謡バンドのテイストを色濃く残しながらも、1曲ごとにソウル、ファンク、ロックンロール、ブルース、R&B、ロカビリー、ラテン、ボサノバ、ジャズ…といった音楽要素も自由奔放に取り入れ、独自の世界観を作り上げている。そういう意味では、一見ジョーク音楽っぽく装いながらも、実はかなり実験的で緻密に練られた音楽を追求しているのだろう。

メンバーは総勢12人。リーダーである横山剣が、作詞・作曲・編曲・キーボード・ボーカルを担当している。
初期からのメンバーは、小野瀬雅生(ギター・キーボード・コーラス)、新宮虎児(ギター・キーボード)、中西圭一(サックス・フルート)、洞口信也(ベース)、廣石恵一(ドラム・パーカッション)。
ほかに途中加入したメンバーとして、高橋利光(キーボード)、菅原愛子(ボーカル・コーラス)、スモーキー・テツニ(ボーカル・コーラス)、河合わかば(トロンボーン・フルート)、澤野博敬(トランペット・フリューゲルホーン)、伊達弦(パーカッション)がいる。
他のバンドと掛け持ちしているメンバーもけっこういるようだ。

結成は、1997年の横浜・本牧。当初は「ゲロッパ1600GT」といういいかげんなバンド名だったらしい。
2002年のシングル曲『タイガー&ドラゴン』が2005年春にTBSでTVドラマ化され(出演は長瀬智也、岡田准一ほか)、「俺の話を聞けぇ~!」という強烈な主題歌で、一躍注目を浴びた。この曲は、和田アキ子など複数のアーティストにカバーされている。
逆に、和田アキ子の『あの鐘を鳴らすのはあなた』も、映画『歓喜の歌』の主題歌として彼らがカバーしており、iTunesStoreなどの配信限定で今年リリースされた。

昨年は、TVドラマ『今週、妻が浮気します』のエンディング・テーマ「てんやわんやですよ」が、初めてオリコンチャートのトップ10入りを果たし、ドラマや映画の仕事が増えているようだ。
春に公開された映画『純喫茶磯辺』でも、テーマ曲を含めた映画音楽をプロデュースしている。

これまでほぼ年1枚ペースでアルバムを発表してきた彼らだが、8月13日に10枚目のアルバム「ZERO」がリリースされる。
決してカッコつけず、茶化してみたり、ふざけてみたり、わざとハズしてみせるのが、彼らにとってのカッコ良さ。今や死語に近い硬派の粋が、彼らの曲からは漂ってくる。

彼らの濃厚な曲には、やっぱりウィスキー焼酎のような男くさい酒がよく似合う。
昔からバカやって遊んでいたような男同士で飲み明かすには、きっと格好のBGMになるだろう。

→クレイジーケンバンド公式ホームページ
http://www.crazykenband.com/


R&Bの新女王、アリシア・キーズ (08/6/24)

昔から才色兼備と賞賛される女性は少なくないが、いまR&Bの話題でこの言葉が使われたら、アリシア・キーズのことと思って、まず間違いない。

アリシア・キーズは、ニューヨーク生まれのR&B女性ヴォーカリスト。1981年生まれの27歳だ。
母親はアイルランドイタリア人、父親はジャマイカなので、北国と南国の血を併せ持っていることになる。

7歳でピアノを始め、クラシックからジャズ、ソウルと音楽遍歴を重ね、14歳で「バタフライズ」を作曲。この曲は後のデビューアルバムに収録されている。
学業でも早熟さを発揮し、16歳で高校を卒業、マンハッタンにあるコロンビア大学に入学する。
同大学は、87人という世界最多のノーベル賞受賞者を輩出する世界有数の名門大学だ。(昨年度の合格率はアイビーリーグでも最難関の8.9%!)

しかし、彼女は音楽活動に専念するため同大学を中退し、2001年にデビュー・アルバム『ソングス・イン・Aマイナー』を発表する。
ソウルフルなボーカルにHip-Hopのリズムを融合させたオーガニック・ソウルの流れを、高い音楽センスで結実させたこのアルバムは、全米ヒット・チャート初登場でいきなり第1位を獲得。売上枚数は1千万枚を超え、グラミー賞で5部門に輝くという、強烈すぎるデビューを飾った。

2003年にはセカンド・アルバム『ダイアリー・オブ・アリシア・キーズ』をリリース。これまたグラミー賞の4部門を制覇する。

ソングライターであり、プロデューサーでもあり、ライブではピアノも弾き語る彼女は、美貌にも恵まれ、昨年は映画「スモーキン・エース/暗殺者がいっぱい」や「The Nanny Diaries」に女優としても出演。
チャリティー活動にも熱心で、「Keep A Child Alive」という曲の収益を全て慈善団体に寄付したり、チャリティー・イベントを主催したりもしている。

そんな多くの才能に恵まれた彼女だが、やはりソウル・シンガーとしての素晴らしさは群を抜いている。
2007年、約4年振りとなるオリジナル・アルバム『アズ・アイ・アム』が発売され、これまた全米初登場1位となった。これで、デビュー以来4作連続でアルバム・チャート1位を記録したことになる。

この最新アルバムでは、様々なジャンルの音楽を独自のスタイルで融合させた彼女のサウンドが存分に楽しめるのはもちろん、多くの才能にあふれたプロデューサーたちとのコラボレーションを実現し、高い音楽性とエンターティメント性を両立させている。

お酒のBGMとしても、まず文句のない1枚として推したい。

アリシア・キーズ オフィシャルサイト

史上最高の天才・変人ピアニスト、グレン・グールド (08/06/03)

「天才ピアニスト」という言葉には独特の響きがある。かつてそう呼ばれたピアニストは多いし、現在でもよく使われる表現だ。
だが、グレン・グールドほどこの形容が似合う人物を、ほかに知らない。


グレン・グールドは1932年、カナダに生まれた。かつてピアニストを目指していた母親に、幼い頃からピアノの手ほどきを受けて育ち、トロント王立音楽院を最年少の14歳で卒業する。

その後、カナダで演奏活動を行っていた彼は、23歳の時ニューヨークで初アルバム、バッハの『ゴールドベルク変奏曲』をレコーディングする。このアルバムは、古典であるバッハを全く新しい解釈で演奏して絶賛され、1956年のクラシック・レコード売上ベストワンを記録した。
クラシック界に一大センセーションを巻き起こした彼は、天才ピアニストとして世界的な名声を得る。

天才と変人は切っても切れないが、グレンの変人ぶりは際立っている。
彼は、父親に子供の頃作ってもらった椅子を終生演奏用に使い続けた。高さが極端に低く、顔と鍵盤がくっつきそうな演奏スタイルとなったため、常に批判の対象にさらされた。晩年、その椅子はボロボロになり、布もほとんど擦り切れて枠だけになっていたが、まるで意に介さなかったらしい。

また、彼は病的な病気恐怖症だった。風邪を引くことを恐れるあまり、真夏でもコート・マフラー・手袋を欠かさず、冬は舞台や楽屋に何台ものヒーターを並べた。あらゆる感染症から身を守るため、毎日数十錠のビタミン剤を飲み続け、世界中どこに行くにもポーランド産ミネラルウォーターを持参して現地の水を決して口にしなかった。

脚を組んだまま演奏したり、演奏中に鼻歌を歌ったり、片手で指揮をしたり…といった行儀の悪さも有名。
自らの演奏テンポに絶対の自信を持ち、著名な指揮者や作曲家自身の指示にすら従わず、幾度となく軋轢を起こしている。

そして1964年、コンサート活動を一切放棄すると宣言するに至り、その変人ぶりは伝説的となる。
理由は、彼の完璧主義から来る「ピアニストの失敗を待ち望む聴衆の前で演奏したくない」というものと、大衆の集まる演奏会場で何らかの病気に感染したくない、というものだ。
彼は当時、人気絶頂の32歳だった。以降、彼は終生レコードでの演奏発表を活動の中心とする。

グレンの長年の友人であった精神科医のピーター・F・オストウォルドは、著書の中で彼がアスペルガー症候群(知的障害がない自閉症)であった可能性を示唆している。

グレンのCDは数多くあるが、クラシックの素養がないと、正直言って真価は分かりにくい。他の演奏家と比較することで、初めて彼の独自性が分かるからだ。(この点、自分も完全に素養不足)

初めて彼のCDを聴いてみるなら、2枚組の「images(イマージュ)」をお勧めしたい。1枚目が彼の十八番であるバッハの楽曲、2枚目は彼が傾倒していた現代音楽などバッハ以外の楽曲で構成されており、彼の業績の全貌が俯瞰できる。

もちろん、名声を確立した55年の『ゴールドベルク変奏曲』もいい。音がモノラルで古いのは致し方ないが、それが気になるなら、『バッハ:ゴールドベルク変奏曲 1955年のパフォーマンス』という変わり種もある。これは音楽テクノロジー企業、ゼンフ・スタジオによる再演版。
ヤマハ社製Disklavier Proという、全長約2.7mの「超高性能自動グランドピアノ」を使い、55年のアルバムを、最新テクノロジーで完全再現したCDだ。その精度は実際の演奏と寸分違わないため、「再演」と冠されている。

グールドは1982年、50歳の若さで脳卒中に倒れ、1週間後に他界する。
奇しくもその前年にデビュー・アルバムと同じ『ゴールドベルク変奏曲』を再録音しており、不朽の名盤と評されている。同じ演目を滅多に再録音しなかった彼だが、自分の原点であるこの曲を、更に進化した解釈と最新の録音技術でレコーディングしたかったのだろう。
55年のアルバムと聞き比べてみて、26年の歳月が天才ピアニストにどんな変化をもたらしたのかを探って見るのも、また面白い。

UKのクラブシーンを虜にした、クレイグ・デイヴィッド (08/4/8)

最近のダンスミュージックで、「UKガラージ」と呼ばれるジャンルが注目を集めているのをご存知だろうか。
ハウスのビートに歌を乗せたニューヨークの「USガラージ」が、90年代半ばのロンドンで2ステップやR&B、HIP-HOP、レゲエ…などとミックスされたものが「UKガラージ」だ。

中核をなす「2ステップ」は、ロンドンのクラブシーンから生まれたハウスミュージックの一種。1小節の1拍目と3拍目が強調されたリズムから「2ステップ」と呼ばれるようになった。音のタイミングがフレーズによって微妙にズレるような、独特のサウンドが特徴だ。
その斬新な手法が注目され、日本でもm-flo(come again)、CHEMISTRY(FLOATIN')、平井堅 (KISS OF LIFE) 、Crystal Kay(Boyfriend -part.2-)…などが曲に取り入れている。

そんな中、本場イギリスで「キングオブ・2ステップ」の異名をとるのが、クレイグ・デイヴィッドだ。
クレイグ・デイヴィッドは、1981年5月5日生まれの26歳。イギリス南部のハンプシャー州(ロンドンの南西)にあるサウサンプトンの出身だ。
父親は、カリブ海に浮かぶ英連邦の島国・グレナダ出身、母親はユダヤ系イギリス人という血筋のため、褐色の肌を持つ。

父親もレゲエバンドでベースを弾いていたそうだから、音楽好きは筋金入りだ。14歳の頃から地元のクラブで、MCやDJとして活躍していたらしい。
同じクラブにいたマーク・ヒルと知り合い、彼の曲のヴォーカルを担当したのが転機となった。その曲「Re-Rewind」はたちまち話題をさらい、1999年12月11付の全英シングルチャートで、初登場2位を獲得してしまったのだ。
翌2000年4月5日、「フィル・ミー・イン」が同じく全英シングル・チャートで1位に輝き、18歳で一躍注目のアーティストに躍り出る。

同年にファースト・アルバム「ボーン・トゥ・ドゥ・イット」を発表すると、世界的な大ヒットを記録。ダンサブルでありながらクールで洗練されたサウンド、ちょっと不良っぽさも漂わせた都会的なルックス。女性はもちろん、クラブシーンを愛する男性たちまでの心をつかんでしまったのだ。

02年には、スティングとのコラボレーション・シングル「ライズ&フォール」(スティングの「シェイプ・オブ・マイ・ハート」のサンプリング)を納めたセカンド・アルバム、「スリッカー・ザン・ユア・アヴェレージ」が、これまた大ヒット。

その後、レーベルをワーナー・ミュージックUKに移籍すると、3rdアルバム「ザ・ストーリー・ゴーズ…」をリリース。2ステップからR&B/SOULへと歩みを進めた。
翌2006年4月には来日し、東京と大阪での公演を成功させる。
そして昨年11月に、2年振りとなる4作目のアルバム「TRUST ME/トラスト・ミー」 をリリースした。

自分は、このアルバム2曲目の「6 Of 1 Thing」を偶然FMで聴き、すぐにアルバムを検索
正直、男性アーティストのCDを買うことは少ないのだが、珍しく即購入してしまった。
ほぼ全曲の作曲にクレイグ自身が関わっているということだが、そのカッコよくてセクシーな曲は、ノリも抜群。
ビールやライトなカクテル片手に盛り上がるには、最高のアーティストの1人だろう。

→Craig David's official website (英文)
http://www.craigdavid.com/

大注目の日系レゲエ・アーティスト「Rickie-G」 (08/3/7)

最近はレゲエの人気も広まってきたが、風土に落差のある日本では、まだまだ馴染みが薄い。
70年代にはボブ・マーリィという超カリスマがいたため、日本でもそれなりに聴かれていたようだが、現在にいたるまでメジャーなジャンルになり切れていない状況だ。

それでも、徐々に実力のあるレゲエ・アーティストが現れ始め、湘南乃風や、半年前に解散したDef Techなど、一部のファンに留まらない人気を博す日系アーティストの曲も、しばしば耳にするようになった。

そんな中、レゲエにさほど興味のない人にも自信を持っておすすめしたいアーティストが、Rickie-G(リッキー・ジー)だ。

Rickie-Gは、昨年avex/riddim zoneよりメジャーデビューした、神奈川出身の日本人レゲエシンガー。
10代半ばからカフェやストリートで弾き語りを始め、05年頃から本格的に音楽活動を開始。さまざまなレゲエ、R&B、HIP HOPアーティストのレコーディングに参加してきた。

06年からは自身の作品制作に取り組み始め、11月にインディーからミニ・アルバム「Life is wonderful」をリリース。(現在はavex/riddim zoneより発売)
昨年7月11日に、シングル「逃飛行」でメジャーデビューを果たした。

続く2ndシングル「ラブソウル」を昨年10月30日に発売すると、2ヶ月も経たないうちに人気モバイルサイト・レゲエZIONで年間1位を獲得。
勢いに乗って、先月27日ついにアルバム「am08:59」を発売するや、たちまち音楽界の話題をさらっているという現状だ。

曲のベースはレゲエなのだが、そこにR&Bのテイストがミックスされ、コテコテのレゲエは苦手という自分のようなタイプにも抵抗なく聴ける。1度聴いたら耳に残るナチュラルで伸びやかなボーカル。レゲエ特有のトロピカルなリズム。
今、自分のiPodで一番よく聴いているのがこのアルバムだ。

レゲエを聴いていると、やはりラムかトロピカル・カクテルが飲みたくなってくる。昔流行ったトム・クルーズの映画『カクテル』のワンシーンをイメージする人も多いに違いない。

もし、Rickie-Gを生で聴きたければ、明日・明後日にライブも予定されている。8日は芝浦Studio Cube 326の「The Beginning 2008」に、9日は渋谷DUO Music Exchangeで催される「duo Night Vol.4」に登場する予定だ。

これから気温が高くなってくるに連れ、Rickie-Gの人気もじわじわと高まってきそうな予感がする。

→Rickie-Gオフィシャルサイト
http://www.rickie-g.com/

アイスランドの不思議な歌姫、ビョーク (08/2/22)

アイスランドの歌姫・ビョークが、7年振りの単独公演のため、いま来日している。約3年振りとなる最新アルバム「ヴォルタ」のプロモーションを兼ねてのことだ。
19日のライブ初日は、そのジャケット写真同様のペインティングを施した顔で武道館のステージに登場し、休憩やトークを挟むことなく全19曲を一気に歌い上げた。
今晩のチケットは、追加発売されたステージ斜め後ろの席などが、僅かながら残っているようだ。

日本にもビョークのファンは多い。映画「ダンサー・イン・ザ・ダーク」でカンヌ国際映画祭の最優秀女優賞を受賞しているので、女優として知った人もいるだろう。

彼女の魅力は、夢か幻のような不思議な存在感にある。

彼女は、西洋人にも、東洋人にも見える。幼い少女にも、妖艶な熟女にも見える。器量の悪い娘にも、あやしげな美女にも見える。ある時にはたまらなく官能的で、ある時には獣のように野生的だ。

この、掴みどころのない不思議な存在感。それを個性的な作詞作曲のセンスと、骨太の歌唱力が支えている。

本名は、ビョーク・グズムンズドッティル。1977年に、デビュー・アルバム「ビョーク」を11歳でリリースしており、いきなりアイスランド国内でプラチナ・ディスクに輝いた。
根底にあるのはパンクだが、ジャズ・フュージョンやダンス・ミュージックの影響も色濃く受けている。

彼女の歌やも独特だが、そのビデオクリップがまた独特の世界だ。まさに、夢(時に悪夢)のようなシュールな世界を繰り広げてみせる。
なぜか耳に残り、もう1度聴いてみたい、観てみたいと思わせるのが彼女だ。

お酒のBGMとしてビョークを流していると、酔いは加速する。一度引き込まれてしまったら、もう抜け出せない、昔のジンのような危うい味のシンガーソング・ライターだ。

→ビョーク公式サイト
http://www.universal-music.co.jp/u-pop/artist/bjork/

今年のクリスマス・アルバムは、akiko「a white album」で決まり!(07/12/13)

明日12月14日は、赤穂浪士が討ち入りをした日として知られているが、akikoの誕生日でもある。(aikoではない!)

akikoは、何を隠そう自分と同じさいたま市出身で、1976年の12月14日生まれ。
4歳からピアノを習い、8歳から英会話を学び始め、中学・高校で短期留学を果たし、16歳から音楽にのめりこんで、18歳でジャズボーカルに開眼したという女性JAZZボーカリストだ。

大学在学中から、都内のライヴ・ハウスやジャズ・クラブで歌い始め、2001年、ユニバーサルジャズと契約。ニューヨークの名門レーベル「ヴァーヴ」に認められて、同レーベル初の日本人女性アーティストとなった。

デビューアルバムの『ガール・トーク』は、オリコンのジャズ・チャートで初登場1位を獲得し、2001年度のスイングジャーナル誌主催ジャズ・ディスク大賞<ニュー・スター賞>も受賞している。

そんなakikoの11枚目のアルバムが、先月発売された「a white album」だ。
12月生まれの彼女にはピッタリの、クリスマス・アルバムとなっている。
収録曲は、「サンタが街にやってくる」「ジングル・ベル・ロック」「レット・イット・スノウ! 」「ザ・クリスマス・ソング」「ママがサンタにキッスした」…など、いずれもおなじみの定番ソングだが、元ピチカートファイブの小西康陽がプロデューサーを務めており、いずれも洒落たJAZZナンバーにアレンジされている。

また、「サンタ・ベイビー」ではデューク・エイセスが(バックコーラス)、「ウィンター・ワンダー・ランド」ではスカ・フレイムスが参加しているというのも楽しい。

今年は、L'Arc~en~Cielもクリスマス・ソング「Hurry Xmas」を発売しているが、大人のクリスマス・アルバムだったら「ア・ホワイトアルバム」が断然オススメ!

ちなみに彼女は、誕生日前夜である今晩を、東京・リキッドルームでのライブで迎える予定だ。

akiko 公式サイト

伝説的ハードロックバンドのベスト版「マザーシップ」 (07/12/5)

ロックに興味がない人にも、その名は(たぶん)知れ渡っている伝説的ハードロックバンド「Led Zeppelin(レッド・ツェッペリン)」。その1日限りの復活ライブが、いよいよ5日後に迫った。

レッド・ツェッペリン(ZEP)については今さら語るまでもないが、ハードロックの原点であり、到達点という表現に、まず異論は出ないだろう。(ZEPの音楽はハードロックの定義に一致しないという指摘はさておき…)

彼らの音楽性の高さと影響力を物語る伝説は数多いが、例えば代表的名曲「天国への階段」は、クラシックの巨匠カラヤンをして「私がこの曲をアレンジしたとしても、全く同様になっただろう」と言わしめたという。

通算アルバムセールスは、アメリカだけでもマイケル・ジャクソンやローリング・ストーンズの倍以上を売り上げている、まさにモンスター・バンドなのだ。

1980年に、音楽的中枢を担っていたジョン・ボーナム(Dr)の突然の死によって解散してから27年。

かつて彼らが契約していた米アトランティック・レコードの創設者、アーメット・アーティガンが昨年死去し、その追悼コンサートがロンドンで開かれることになった。そこにZEPがヘッドライナーとして参加することになったのだ。ドラマーは、故ジョン・ボーナムの息子、ジェイソン・ボーナムが担当する。

当初コンサートは11月26日の予定だったが、ギタリストであるジミー・ペイジが指を骨折したため、12月10日に延期になった。

BBCが主催したチャリティオークションでは、このコンサートのチケット2枚が83,000ポンド(約1,900万円)で落札されたというニュースも報道されている。(チケットの正価は1枚125ポンド=約28,000円)

復活ライブに合わせるように、ベストアルバム「マザーシップ~レッド・ツェッペリン・ベスト」(2枚組。DVD付のデラックス版もあり)が先月リリースされた。
ジミー・ペイジ、ロバート・プラント、ジョン・ポール・ジョーンズらにより、ZEPの8枚すべてのスタジオ・アルバムから選曲されたリマスター・ベスト・アルバムだ。「胸いっぱいの愛を」、「移民の歌」、「ロックン・ロール」、「天国への階段」…等、代表曲24曲が収録されている。
このCDについては、実は賛否両論がある。「ZEPはアルバム単位で聴かなくては価値がない」「選曲が以前のベスト版(EARLY DAYS & LATTER DAYS)と大して変わらない」という強硬なファンと、「入門用や、移動しながら聴くには最適」「最新デジタル・リマスタリングされた音がいい」と評価する柔軟なファンとで、意見が分かれているようだ。

ファンの評価はともかく、今聴いてもまったく古さを感じさせない彼らの音には、改めて感心させられる。

はっきり言って、日本酒よりハードリカーに合うBGMだが、これを聴きながら、若かりし頃の自分を肴に一杯やっている「かつてのロック小僧」が、多数出現していることは間違いない。

18歳の天才JAZZピアニスト「YUMA」来日中! (07/8/6)

JAZZピアノという分野は、若手の台頭が難しい印象があったが、一昨年YUMAが若干16歳で鮮烈なデビューを果たし、そんなイメージをぶち壊してくれた。

YUMAは、父親が中国人、母親が日本人という東洋系アメリカ人で、フルネームはYuma Sung(漢字では孫勇真)という。1989年、サンフランシスコ郊外のシリコンバレーで生まれた。

幼い時から音楽が大好きで、6歳からクラシック・ピアノを習い始め、9歳でジャズ・ピアノに開眼する。それからは、クラシックと並行してジャズの先生にも付いて研鑽を積んだ。
11歳でサンノゼ青少年ジャズ・コンペ「ソロ・ピアノ」部門1位を受賞して以来、各地のコンペで次々と入賞・優勝して注目を集める。

そして2003年5月、自主制作によるCDアルバム『Looking Up』をアメリカで発表。
日本でも、2004年のライブをきっかけにレコーディングが決まり、2005年7月コロムビアミュージックエンタテインメントより、デビューCD『Yuma Style』を発売した。
現在はCSMA(Community School of Music and Arts)に籍を置きながら音楽活動を続けており、2006年のグラミー賞では、ジャズ・アンサンブルに出演もしている。

YUMAのピアノは、彼の住むサンフランシスコのイメージにも似て、明るく軽快なイメージだ。
感心するのは、ユーモアあふれる即興アレンジを織り交ぜたその演奏スタイル。
少年時代の坂本九を思わせる、愛嬌のある笑顔のどこにそんな余裕が隠されているのか不思議なのだが、JAZZファンを思わず笑わせ、同時に感嘆させる大胆なアレンジをしばしば披露してみせる。

以前、テレビで「A列車で行こう」を演奏した際は、途中で踏切の音を奏でて見せ、会場の笑いと拍手を誘った。
CD『Yuma Style』でも、4曲目の「On Green Dolphin Street」では、右手で曲を弾き続けながら、途中で左手だけウエイン・ショーターの「フットプリンツ」を弾いている。
7曲目に収録されているジョン・コルトレーンの「Naima」でも、ハービー・ハンコックの「処女航海」が演奏途中で同時進行する。
10曲目の「冬のソナタ」は、なんとブラジルのサンバ風にアレンジされ、暑い冬ソナを聴かせてみせる。
こうした彼独特のユーモアあふれる演奏スタイルが、『Yuma Style』というタイトルに象徴されているのだ。

彼の演奏を初めて聴いてから2年。
今、YUMAは母親の母国である日本で、ライブ活動の真っ最中だ。
7日には銀座スウイングに、10日には帝国ホテルの「Imperial Jazz Complex 2007」に出演する。
彼の成長振りとともに、そろそろ2枚目のアルバムがアナウンスされないかが気になっている。

YUMA公式サイト

枠を超えたソウルシンガー・伊藤多喜雄 (07/6/6)

かつて渋谷に、「ジァンジァン」というライブハウスが存在した。
1969年~2000年まで、公園通りの山手教会の地下にあった、収容観客数200人に満たない前衛小劇場だ。(現在は喫茶店「ルノワール」になっている。)

20代前半頃だったと思うが、ここで伊藤多喜雄のライブを観た。
民謡という、自分にはおよそ縁のないジャンルの歌い手だったから、多分誰かに誘われたか、チケットをもらったか…といった動機だったと思う。
まったく何の予備知識もなく観たライブだったが、彼の「ソーラン節」には背筋が震えた。それは、「歌」というより、これまで聴いたことがないような「絶唱」だった。「民謡とはこれほど凄いものだったのか」という強烈な印象があったことを覚えている。

伊藤多喜雄は、1950年北海道苫小牧市生まれの民謡歌手だ。
そもそも「民謡歌手」という存在自体、彼を除いてほかに知らない。
彼が歌っているのはまぎれもなく民謡だが、その歌は既成の「民謡」と呼ばれるジャンルを超えているように思える。陳腐な表現かもしれないが、「日本ソウル・ミュージック」というイメージに近いのではないだろうか。
一時は民謡協会から破門されていたというが、それも今となっては勲章に思える。

小室等、坂田明、佐藤允彦、溝口肇など、さまざまなジャンルのミュージシャンとの交流や共演も多く、代表曲である「ソーラン節」は、札幌YOSAKOIソーラン祭りにも使われている。
「民謡」の枠にとらわれず、新たな「民謡」の可能性を求めて独自の活動を続けている伊藤多喜雄だが、1989年と2003年に紅白歌合戦に出演し、全国的に知られるようになった。

とは言え、彼の歌が最も知られるようになったのは、『3年B組金八先生』の第5シリーズ(1999年秋~)以降で「TAKIO'S SOHRAN2」が挿入歌として使用されるようになってからだろう。このソーラン節は、1994年に第10回日本民謡民舞大賞も受賞している。
ちょっと意外だが、最近は洗足学園大学で客員教授も務めているらしい。

個人的には、かつて「ジァンジァン」で聴いたシンプルなアレンジの「ソーラン節」の方が、彼の歌唱力が活きているように思えて、気に入っている。
当時の歌に近いイメージで収録されているのが、自主製作版のCD「TAKiO SPIRIT」だ。
さすがに迫力ではライブに及ばないが、伊藤多喜雄の原点とも言える作品に仕上がっており、ファンの間でも人気が高い。

元々、音楽はジャンルにはこだわらず広く聴く方だったが、彼の歌を聴いて以来、「食わず嫌いはやめよう」との思いが一層強くなった。

ちなみに、彼が大好きなのは、お酒野球と聞いている。

伊藤多喜雄オフィシャルサイト

凄いボーカル+凄いギター、ジャズユニット「Fride Pride」 (07/5/18)

ジャズが好きなことは前に書いたが、中でも女性ボーカルが最も気に入っている。サラ・ヴォーンの日本公演を観に行けたことは、末代までの自慢話にしたいくらいだ。
日本でも、最近は日本人離れした歌唱力を持つ女性ボーカリストが出てくるようになって、喜ばしい限りだ。

そんな素晴らしい歌唱力とセンスを持つ女性の一人がShihoだ。幅広い音域、パワフルな声量、ソウルフルでありながら艶のある声質。元々はピアノの弾き語りから始まったという彼女の歌は、最初日本人と気づかなかったほどブラック・テイストなボーカルだった。

そのボーカルに惹かれて聴き始めたら、次第にバックのギターに耳を奪われた。
ただならぬギター・テクニックを駆使しているのは、横田明紀男。高校卒業と同時にプロとして活動を始めたという、超絶テクを持つギタリストだ。しかも、それでいてボーカルを決して邪魔していない。

このShihoと横田明紀男の二人によるジャズユニットがFride Prideだ。ストーンズの「ジャンピング・ジャック・フラッシュ」にEW&Fの「宇宙のファンタジー」と、カバー曲はジャズにこだわらない幅広さ。それでいて、見事に彼らの味付けで聴かせてくれる。
お酒のBGMに最適なのはもちろん、本気で聴き込んでも更に惚れ込む素晴らしい音なのだ。
初めて聴かせてもらったのは2月にご紹介した居酒屋・季作。さすが大将、いいセンスしてる!

Fride Prideは、2001年9月にアメリカの名門ジャズ・レーベル「コンコード」から、アルバム『Fride Pride』でデビュー。以降、『STREET WALKING WOMAN』『HEAT WAVE』『THAT'S MY WAY』『two,too』『Musicream』と、年1枚のペースで計6枚のアルバムを発売してきた。

テレビ東京「そして音楽が始まる」(日曜22:00)の「CLOSE TO YOU」や、TBS「ブロードキャスター」(土曜22:00)の「アルフィー」など、TV番組のエンディングテーマに起用された曲もあるので、知らずに耳にしている人もいるかもしれない。

2004年からは本格的に海外での活動をスタートさせ、現在までに、アメリカ・ブルーノートをはじめ、数々の海外公演・イベントにも出演している。

今年も、福岡、六本木、名古屋、那覇、宮崎、大阪、東京などでライブを行う予定だが、なんと明日~明後日は阿佐ヶ谷の焼き鳥屋でライブを開く。会場は、焼き鳥の旨さなら中央線沿線一とも噂される「とり成」。
二人のパフォーマンスを間近に見られるとあって、4回の公演チケットは即完売したらしい。
もし、キャンセル待ちしたい方は、直接お店に連絡してみてね!

●Fried Pride Official Web Site
http://www.friedpride.com/

●Yahoo!グルメ/とり成
http://gourmet.yahoo.co.jp/0000951910/0002944524/ktop/

ブラジル・ポップス界の女王、マリーザ・モンチ (07/5/2)

今月下旬、MPBを代表するアーティストであるマリーザ・モンチが15年振りに来日する。それに先立って、以前リリースされた6枚のCDが5月9日に再発売されることになった。これは見逃せない!

MPB (エミ・ペー・ベー)とは、ブラジリアン・ポピュラー・ミュージックを意味する「Musica Popular Brasireira(ムージカ・ポプラール・ブラジレイラ)」の略語だ。
ブラジルの音楽というと、囁くように歌われるボサノバを思い浮かべる人が多いと思うが、実はボサノバが誕生した50年ほど前までは、大声で歌われるサンバなどが主流だった。1957年頃にボサノバが誕生し(ボサノバとは「新しいタイプの才能」の意)、59年の映画「黒いオルフェ」のヒットによって、世界中に知られるようになる。
特にボサノバの代名詞的な名曲「イパネマの娘」は、日本でもすっかりポピュラーになった。

しかし、1964年のクーデターでブラジルに軍事政権が樹立されたことから、多くのアーティストが国外に逃がれ、ボサノバの衰退を招く。
それ以降、ボサノバに代わってポピュラーとなったのが、MPBというわけだ。ビートルズ以降のロックなど西欧ポピュラー・ミュージックの影響を受けたブラジルの大衆音楽と言えるだろう。

マリーザ・モンチは、1967年リオ・デ・ジャネイロ生まれ。名門サンバ・チーム「ポルテーラ」の役員だった父親の影響もあって、幼い頃からブラジルの伝統音楽、ポップ、ジャズ、ロックと多彩な音楽や楽器に囲まれて育った。
10代から声楽を習い、リオの国立音楽学校に入学。18歳でオペラ歌手を目指してイタリアに留学するが、ローマのライブハウスでブラジル音楽を演奏していたところを、名プロデューサー・ネルソン・モッタに見出されて帰国し、19歳でプロ・デビューを果たした。
この初アルバムが大ヒットして以来、彼女の人気は高まる一方と言っても過言ではない。

サッカー選手のロナウジーニョロナウド、レオナルド・ディカプリオの恋人であるスーパーモデルのジゼルなど、ブラジルの若い世代たちの中での人気は絶大。
とにかく歌がうまくて、声に艶があり、アーティストとしてもプロデューサーとしても優秀で、頭が良い上に美人でセクシー。これだけ「天賦の才」に恵まれた女性も珍しい。

アルバムのリリースは2、3年に1枚というスローペースだが、どれも素晴らしい出来だ。
「MPBの女王」と称されるボーカリストにはガル・コスタがいるが、マリーザ・モンチも新たな女王と言えるだろう。

ブラジル音楽を聴く日本人はまだそれほど多くはないと思うが、これからの季節、ラムやトロピカル・カクテルを飲みながらのBGMとして、1度試してみるのもきっと悪くないはずだ。

●マリーザ・モンチ オフィシャルサイト
http://st-co.jp/mm/

現代版セロニアス・モンク「The Essential Thelonious Monk」 (07/4/9)

2003年12月16日火曜日。その日は、新宿ゴールデン街にあるJAZZバー「ボルチモア」で飲んでいた。
ここも非常に小さな店だが、けっこう好みのCDが揃っている。

3~4杯飲んだあたりで、耳慣れたピアノのメロディが流れてきた。
「おっ、『ラウンド・ミッドナイト』か。いいねぇ・・・誰の演奏?」
「セロニアス・モンク」
「えっ?嘘
「ホントだよ。」
差し出されたCDは、「The Essential Thelonious Monk」。
セロニアス・モンクがソニーミュージックと契約していた1962~1968年のベスト盤だ。

自分が信じられなかったのは、その音があまりにキレイだったからだ。
これまで聴いていたモンクの演奏と言えば雑音混じりのモノラルの音というのが当然で、またそれが独特の味わいにもなっていた。
ところが流れてきたのは、まるで先月録音したかのような、クリアなステレオ・サウンドだったのだ。
聞けば、最新のデジタル技術を駆使して、40年前の音源を限りなくリアルに再現したCDとのことだった。
「ラウンド・ミッドナイト」や「ブルー・モンク」、「ストレート・ノー・チェイサー」が、まるで目の前で演奏されているかのような立体的なサウンドで聴けるのは、感動的としか言いようがない。

「知らなかった!・・・こんなCDいつ出たの?」
「まだ出てない。発売日は明日
これだからこの店は侮れない。
翌朝、さっそくCDショップに駆け込んだのは言うまでもない。

お酒のBGMとしては、あまりに似合いすぎるほどの1枚だ。
思わず「ストレート・ノー・チェイサー」などと注文してしまい、酔いはますます加速する・・・。

●The Essential Thelonious Monk
ソニーミュージックエンタテインメント
SICP5071

型破りな天才ヴァイオリニスト、ナイジェル・ケネディ (07/4/2)

著名ヴァイオリニストと言うと、普通は誰を思い浮かべるだろうか。
日本人のヴァイオリニストは多いので、外国人ヴァイオリニストの名前が出てくることは少ない気がする。
だが、100万人に1人の天才と評され、クラシックのアルバムとして史上最高の売上げ記録を持つ“超個性派”ヴァイオリニストの名前を、知っておいて損はない。
それが、ナイジェル・ケネディだ。

1956年12月28日、英国サセックス州ブライトン生まれ。
年齢的には、セックス・ピストルズのメンバーらと同年代になる。
それが無関係ではないのかもしれないが、デビュー以来30年、その型破りな演奏スタイルによって「パンク・パガニーニ」とも呼ばれた。

普通、ヴァイオリニストのステージ衣装は燕尾服が常識だが、彼は平服や古着、パンク・ファッションでステージに立つ。
演奏スタイルも自由奔放。ジャズ・セッションのように他のミュージシャンと競い合ったり、ヴァイオリンを垂直に立てて演奏してみせたり、ステージを下りて客席を歩き回りながら演奏したり。
アンコールでは、ジミ・ヘンドリックスの曲も飛び出す。
曲の合間の喋りも、ジョークたっぷりでユニーク。
実に自由で楽しそうな「ギグ」なのだ。(彼は自分のライブ演奏を「ギグ」と呼ぶ。)
そんな自由奔放な演奏を、幅広い音楽性と、深い解釈、圧倒的なテクニックが支えている。

彼の代表作と言えば、1989年にレコーディングしたヴィヴァルディの『四季』だ。このアルバムは、発売と同時に英国クラシック・チャートで1位を獲得し、その後半年間にわたって上位にランクインし続けた。
それどころか、ポップ・チャートでも6位を記録し、クラシックの枠を超えた彼の人気を知らしめたのだ。
『四季』は200万枚以上を売り上げ、クラシック作品の史上最高セールス記録としてギネスブックにも掲載された。

彼はポップスやジャズのミュージシャンとも積極的に共演し、ケイト・ブッシュ、ポール・マッカートニーのアルバムにも参加している。
昨年は、ジャズ・アルバム『ブルーノート・セッションズ』を発表し、ロン・カーター、ジャック・デジョネットらとも共演している。(彼が作曲した曲も含まれている。)
最近はジプシー音楽にも傾倒しているようだ。

50歳にして「円熟味」を増すどころか、ますます新たなスタイルにチャレンジし続けているナイジェル・ケネディ。
ロックより過激で、ジャズより自由なヴァイオリニストに、乾杯!

■Nigel Kennedy公式HP
http://www.nigelkennedy.com/

■Listen Japan(ナイジェル・ケネディのDLページ)
http://listen.jp/store/artist_68362.htm

妖艶なJAZZサックス奏者、菊地成孔 (07/3/26)

兄弟で芸術家というのはよく聞く話だが、文学・音楽・美術など、異なるフィールドでそれぞれ名を馳せている兄弟がいるのには感心する。
芸術には、ジャンルを超えた一流のセンスといったものがあるのかもしれない。
千住3兄弟(※1)や、つのだ3兄弟(※2)あたりが有名だが、菊地兄弟もそんな好例と言えそうだ。
兄は伝奇小説作家にして漫画の原作もこなす菊地秀行、弟は音楽家で文筆家でもある菊地成孔(きくちなるよし)だ。

菊地成孔の本業は、とりあえずJAZZサックス奏者だろう。文筆家や音楽講師としても活躍しているようだが、そちらにはあまり興味がない。
サックス奏者としての活躍もかなり幅広く、懐かしいビッグバンド風の曲から前衛的な曲、クラブ・ミュージックのようなタッチまで手掛ける。映画好きでも知られていて、05年には『大停電の夜に』の音楽を担当した。

彼のサックスの魅力は、妖艶なところにある。曲によってスタイルは様々なのだが、妖艶さは共通。従って、お酒のBGMに良くハマる。

デビュー・アルバムが、04年の「Degustation à Jazz」。「Degustation」というのは「試食」のことで、その名の通り極端に短い楽曲が30曲、料理のようなタイトルで並んでいる。
短いもので1分未満、平均しても1曲あたり1分40秒ほどしかない。

このアルバムは、現在世界一人気があるレストランと言われている、スペインの「エル・ブリ」から発想を得たそうだ。「エル・ブリ」のコース料理は、ほんの数口程度の小皿が20皿以上出てくる。どれもが「料理」の常識を覆すような驚愕のメニューで、料理界に大きな衝撃を与えた。シェフのフェラン・アドリアは「料理界のピカソ」と評されているそうだ。
その料理にヒントを得て、それをJAZZに「料理」してしまうというのも、これまた斬新な発想だ。
彼もまた、飲むこと・食べることがかなり好きなタイプと見た。

05年の「南米のエリザベス・テイラー」も、面白いアルバムだ。南米で作っただけあって、タンゴのリズムを取り入れているが、ちゃんと彼らしい曲にに仕上げている。「京マチ子の夜」といった冗談みたいなタイトルの曲も、しっかり妖しく魅力的だ。

彼の曲には、たまに彼自身が歌を付けているものもあるが、カヒミ・カリィがよくボーカルを担当している。
彼女のかすれたフランス語のボーカルがこれまた最高で、酒が進むことこの上ない。

ちなみに、菊地成孔の仕事場は、新宿・歌舞伎町のマンション最上階にある。

●DEGUSTATION A JAZZ authentiquebleue
 B0002MLX84
●南米のエリザベス・テイラー
 B000994SWI

※1 千住3兄弟/博が日本画家、明が作曲家、真理子がバイオリニスト
※2 つのだ3兄弟/じろうが漫画家、たかしがリュート奏者、☆ひろがドラマー


無人島に1枚CDを持って行くなら、キース・ジャレット (07/3/17)

たぶん、初めて聴いたのは19歳の頃の大晦日だったと思う。
十代の頃はFM放送を良く聴いていたのだが、その日偶然オンエアされたのが、キース・ジャレットの「ザ・ケルン・コンサート」パート1だった。

JAZZ好きな人にとっては伝説的なアルバムだが、それまで全くキース・ジャレットを知らなかった自分にとっては、かなり衝撃的だった。
無宗教の極みのようなタイプだったにも関わらず、聴いた瞬間に「音楽の神がこの人の指先を通してピアノを奏でている」と感じたのを、はっきりと覚えている。

後に分かったのだが、そう感じたのは自分だけではなく、このアルバムを聴いた多くの人が、全く同じ感動を覚えたらしい。

「ザ・ケルン・コンサート」は、タイトル通り、1975年1月24日にドイツ・ケルンのオペラハウスで行われたコンサートのライヴ・アルバムだ。
キース・ジャレットは“インプロヴィゼイション”と呼ばれるJAZZの即興演奏において、当代一の名手と言われている。
このアルバムのようなピアノ・ソロで有名だが、トリオを組んでの演奏も多い。

彼のスタイルは、既成の曲を独自のアレンジで弾くのではなく、ステージで感じたものをそのまま演奏するという、完全な即興演奏。従って、曲名もない。
彼が、その場所でその時何を感じたのがが、そのまま音になる。同じ場所であっても翌日にはまったく別の演奏が行われるという、特異なコンサートだ。

このアルバムでも、曲名は「ケルン、1975年1月24日 パートI」「同パートIIa」「同パートIIb」「同パートIIc」としか表記されていない。(全4パート)
「パートI」が最も長く、26分15秒あるのだが、演奏の最初から最後までほとんど暗記してしまうほど繰り返し聴いた。何度聴いても、最初に聴いた時の感動が蘇る。

特に、自分のお酒のBGMとしては究極とも言える曲なのだが、実際にこの曲を聴きながら呑んだことは数えるほどしかない。
なぜなら、この曲がかかるとほとんど呑むことも忘れて、ひたすら聴き惚れてしまうからだ。

●KEITH JARRETT/THE KOLN CONCERT
 POCJ-2524

スウェーデンの歌姫、レベッカ・トーンクウィスト (07/3/10)

「いい居酒屋の条件7か条」(2月27日の記事参照)にも含まれているように、お酒を飲んでいる時のBGMというのは、けっこう重視してる。そこで今日は、飲んでいる時に聴きたい音楽の話。

音楽は広く浅く聴いているけど、最も好みなのはジャズを中心とした黒人音楽系。ソウル、ブルース、フュージョン、ブラック・コンテンポラリーなどが心地よい。
中でも、ジャズの女性ボーカル、ピアノ、サックスあたりはど真ん中だ。

ある時、自宅近くの店で食事していたら、めちゃくちゃ好みの女性ジャズ・ボーカル曲が流れて来た。思い当たる声ではなかったものの、この曲はぜひ欲しい。
そこで、店の人に聞いてみると、BGMは有線だと言う。すかさずチャンネルを聞いて、時間を確かめた。

USEN440では、流れた曲をすべてホームページで確認できる。チャンネルと、流れた時間が分かればいい。
その曲は、スウェーデンの女性ボーカリスト兼ソングライター、レベッカ・トーンクウィストの「エンジェル・アイズ」だった。

早速この曲のCDを探したが、これには少々手間どった。分かったのは、既に廃盤になっている彼女のファースト・アルバムに収録されているということ。
廃盤は残念だが、ここで諦めるわけにはいかない。
ネット・オークションのサイトで、このアルバムの購入希望を掲載してみたら、翌日には九州の人と交渉成立し、おかげで無事購入することができた。

レベッカ・トーンクウィストは、ブルーの瞳が印象的なスウェーデン女性。小学校時代はケニアに住んでいたとか。
十代で、カーリー・サイモンやキャロル・キング、ビートルズ、スティーリー・ダンなどを聴いて音楽に目覚め、やがてJAZZクラブで唄い始める。
93年にメジャーデビューを果たすと、ジャズ、ブルース、ソウルなどをミックスしたファースト・アルバム「ア・ナイト・ライク・ディス」は、いきなりスウェーデンのチャート4位を記録、ゴールド・ディスクを獲得してしまった。
そのアルバムの9曲目に収録されているのが、ジャズのスタンダード・ナンバー(オリジナルはフランク・シナトラ)の「エンジェル・アイズ」だ。

彼女の気だるいようなハスキー・ボイスは、お酒のBGMにピッタリ。
どちらかと言えば洋酒向きの雰囲気ではあるが、お酒を2倍おいしくしてくれる声なのだ!

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