かつて渋谷に、「ジァンジァン」というライブハウスが存在した。
1969年~2000年まで、公園通りの山手教会の地下にあった、収容観客数200人に満たない前衛小劇場だ。(現在は喫茶店「ルノワール」になっている。)

20代前半頃だったと思うが、ここで伊藤多喜雄のライブを観た。
民謡という、自分にはおよそ縁のないジャンルの歌い手だったから、多分誰かに誘われたか、チケットをもらったか…といった動機だったと思う。
まったく何の予備知識もなく観たライブだったが、彼の「ソーラン節」には背筋が震えた。それは、「歌」というより、これまで聴いたことがないような「絶唱」だった。「民謡とはこれほど凄いものだったのか」という強烈な印象があったことを覚えている。

伊藤多喜雄は、1950年北海道苫小牧市生まれの民謡歌手だ。
そもそも「民謡歌手」という存在自体、彼を除いてほかに知らない。
彼が歌っているのはまぎれもなく民謡だが、その歌は既成の「民謡」と呼ばれるジャンルを超えているように思える。陳腐な表現かもしれないが、「日本ソウル・ミュージック」というイメージに近いのではないだろうか。
一時は民謡協会から破門されていたというが、それも今となっては勲章に思える。

小室等、坂田明、佐藤允彦、溝口肇など、さまざまなジャンルのミュージシャンとの交流や共演も多く、代表曲である「ソーラン節」は、札幌YOSAKOIソーラン祭りにも使われている。
「民謡」の枠にとらわれず、新たな「民謡」の可能性を求めて独自の活動を続けている伊藤多喜雄だが、1989年と2003年に紅白歌合戦に出演し、全国的に知られるようになった。

とは言え、彼の歌が最も知られるようになったのは、『3年B組金八先生』の第5シリーズ(1999年秋~)以降で「TAKIO'S SOHRAN2」が挿入歌として使用されるようになってからだろう。このソーラン節は、1994年に第10回日本民謡民舞大賞も受賞している。
ちょっと意外だが、最近は洗足学園大学で客員教授も務めているらしい。

個人的には、かつて「ジァンジァン」で聴いたシンプルなアレンジの「ソーラン節」の方が、彼の歌唱力が活きているように思えて、気に入っている。
当時の歌に近いイメージで収録されているのが、自主製作版のCD「TAKiO SPIRIT」だ。
さすがに迫力ではライブに及ばないが、伊藤多喜雄の原点とも言える作品に仕上がっており、ファンの間でも人気が高い。

元々、音楽はジャンルにはこだわらず広く聴く方だったが、彼の歌を聴いて以来、「食わず嫌いはやめよう」との思いが一層強くなった。

ちなみに、彼が大好きなのは、お酒野球と聞いている。

伊藤多喜雄オフィシャルサイト