この1本があるなら、ほかにも美味しい日本酒ばかりが揃えられた店に違いない。そう信じて差し支えないような酒が、たまにある。最近では、三重県の「而今(じこん)」だ。

「而今」は、三重県の名張市にある蔵元、木屋正(きやしょう)酒造の銘柄。これまでは、「高砂」「幻影城」といった銘柄で、地元中心に出荷していた酒蔵だ。

この蔵の息子だった大西唯克(ただよし)さんは、1975年生まれ。上智大学理工学部を卒業後、乳業会社に就職。その後、東広島の酒類総合研究所で酒造りを学んで実家に戻り、但馬杜氏のもとで実際の酒造りに取り組んだ。3年後に杜氏になると、初めて作った「而今」で、いきなり平成17年全国新酒鑑評会金賞を受賞したのだ。まだ弱冠30歳だった。

「而今」というのは、道元禅師の『正法眼蔵随聞記』に登場する仏教用語。「今、この時を精一杯生きる」といった意味らしい。仏教用語としては、「にこん」と読むようだが、一般的には「じこん」と読まれることが多いようだ。
この銘柄名には、大西さんの酒造りに対する思いが込められている。常により良い方法を探りながら、改善を重ねていくのが、大西さんの姿勢だという。

「而今」は、酒米に五百万石、酵母に三重酵母を使用したものが中心で、特別純米酒純米吟醸酒がほとんどだ。
ただし、ほかにも酒米に山田錦、雄町、八反錦、千本錦を使用したものがあり、酵母も吟醸酒の標準である9号系を使用したものもある。そうした違いは、いずれも瓶の首に斜めに貼られた紙に大書きされているので、分かりやすい。

もちろん、酒米や酵母によって違いはあるが、「而今」には共通した味わいがある。最初にフルーツのようなほのかな甘みを感じ、それから次第に口の中で旨味が広がっていく。キレの良さも特徴的だ。
価格は、ほとんどが1升2千円台と、手頃なのも嬉しい。(3千円を超えるものは、山田錦や雄町の「純米吟醸無濾過生」3,570円、「大吟醸・生酒」8,400円、「大吟醸・斗瓶取り全国出品酒」3,150円/500ml)

わずか3人の蔵人で手がける、生産量120石(1石=100升)たらずの蔵だから、そう簡単に出会える酒ではない。だが最近、日本酒を愛してやまない店主のいる銘酒居酒屋には、「而今」が置かれている確率がとても高い
もし、幸運にもこのお酒に出会うことができたら、迷わず1杯味わってみてほしい。

木屋正酒造合資会社