居酒屋にも、ごく稀に“伝説の店”がある。たとえば池袋の「味里」(1998秋閉店)などだ。
神楽坂の「酒 たまねぎや」も、将来“伝説の店”となるかもしれない。かなりディープな店なので、万人に奨めることはできないが、日本酒マニアの間では究極の店として名を馳せている。

店は地下鉄東西線の神楽坂駅から170m程だが、路地裏のため最初は誰もが迷う。
矢来町方面改札を出て早稲田通りを右に進み、セブン・イレブンの手前を右折。道なりに左へ曲がって、洋食「イコブ」前の路地を右に入ったら、突き当たりをまた右折する。約80m歩くと、「あかぎ児童遊園」という標識の付いた電柱があるので、それと「コインランドリーLADY」の間の路地を左に曲がると、右側2軒目だ。

一見普通の住宅のような店に入ると、右側に2人用テーブルと4人用テーブルが1卓ずつあり、あとは奥まで9席のカウンターが伸びている。店内は雑然としていて、まるで倉庫か場末のスナックのよう。壁には酒蔵の前掛けや、漫画『味いちもんめ』の色紙などが貼られている。(伊橋が昔、仕事帰りに通っていた店のモデルがここ。)カウンターは禁煙だが、テーブル席は喫煙可能らしい。

店主の木下隆義さんは淡路島の出身で、地元を代表する特産物が「たまねぎ」なのだ。(北海道に次ぐ出荷量。)元は「いわしや」の名で10年ほど早稲田にいたが、1996年に移転してこの店名になった。
店主がコワモテの上、「鬱陶しい方お断り」という営業方針のため、食通雑誌もたいてい取材を断念。おまけに店のホームページは政治色が強くて、最初はビビる人も多いが、接客は丁重なので1度訪れてみれば安心するはずだ。(たぶん…

日本酒は、壁際に並んだストック用冷蔵庫の中に、1本ずつ箱入り、またはアルミホイルに包まれて数百本が積まれている。ラベルも全く見えないが、これは保存管理を徹底しているため。日本酒の最高峰と言えそうな逸品ばかりで、しかも数年~数十年寝かせているものが多いためだろう。(「昭和45年」の但し書きも目撃!)

この宝の山から30本前後が、その日の酒として提供される。メニューの料金は、脚付きグラス1杯(80~85ml)の価格だ。半合弱としてはすこぶる高価だが、最高クラスの酒ばかりなので、むしろ良心的な値付けのものが多い。なんせ一番安い酒が十四代の本丸(280円)なのだ。

最新の銘柄はホームページで確認できるが、一例を挙げると、高砂・純米吟醸無濾過(520円)、醸し人九平次「別誂」純米大吟醸(800円)、醴泉「蘭奢待(らんじゃたい)」大吟醸(900円)、十四代「龍の落とし子」純米吟醸(1,080円)、義侠・純米大吟醸30%・18BY(1,180円)、東一・純米大吟斗瓶選抜酒(1.380円)、初亀「亀」純米大吟三年古酒(1.380円)、美丈夫「夢許(ゆめばかり)」斗瓶取り(1,380円)、磯自慢・純米大吟醸40%・17BY(1,380円)、松の司・純米大吟斗瓶取り(1,380円)…と、目もくらむような美酒揃い。

特に高いのは、何年も寝かせた吟醸酒や、限定30~50本しか造られなかったような超希少酒だ。義侠の「妙(たえ)」純米大吟醸古酒や、磯自慢・純米大吟醸中取り35%、十四代の最高峰「龍泉」、醸し人九平次の「別誂」を5年寝かせた「彼の岸」あたりがこのクラス。これらは1杯3,380円という価格で、稀に5千円を超える場合もある。

メニューには日本酒しかないが、ハートランドビール(小瓶400円)やワインもある。ワインも、DRCを中心にした超弩級ばかり(1923年~のメドック1級、ロマネ・コンティ、ラ・ターシュ、リシェブール、モンラッシェ…)。価格は当然6桁だが、マニアが狂喜するほどの掘り出し物もある。泡盛やテキーラ等の蒸留酒も少量置かれているが、これらは店主のコレクションなので非売品。

料理のメニューはない。常に魚介類が10種類ほどあり、「生(刺身)」と「焼き」の2通りを選べる。ここの刺身は有名で、客のほとんどが刺身の盛り合わせか、刺身+カマ焼きのセットを注文する。値段はいずれも1人前5千円くらい。鮪だけでも、赤身・中トロ・脳天・カマ・頬・上アゴ…など、多彩な部位が揃っている。〆鯖も人気だ。
刺身の下に敷いてあるケンは、大根ではなくタマネギ。山葵も大ぶりのものを粗くおろしてあって、まろやかな味だ。

軽いつまみは「わさびの茎のしょうゆ漬け」といった珍味が少しある程度。訪ねた日のお通しには「鯛の白子のお吸い物」が出された。最後の締めに、なぜかプチトマトが出されるのだが、これがまた甘くて絶品!

なお、店の時計は20分くらい進んでいる。これは、お客が電車に乗り遅れないよう配慮してとのことだが…どうやら、22時から木下さんの晩酌タイムが始まることと関係があるようだ。

→酒たまねぎや
http://www.tamanegiya.com/